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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)1175号 判決 1991年1月25日

控訴人 浜田開発株式会社

右代表者代表取締役 濱田辰彦

右訴訟代理人弁護士 高田良爾

被控訴人 京都市

右代表者市長 田邊朋之

右訴訟代理人弁護士 彦惣弘

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金二九万九九二三円及びこれに対する昭和六二年一〇月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

第三証拠<省略>

理由

一  <証拠>によれば、控訴人は、昭和六二年二月一七日、訴外彌栄自動車株式会社との間で、同会社が京都市伏見区<住所略>他三筆の土地(以下「本件土地」という。)内で営む自動車展示販売の店舗建築のための開発行為(以下「本件開発行為」という。)につき、宅地造成に必要な土木工事の設計、協議、及び都市計画法二九条、三〇条の規定による開発許可の取得等の業務を、請負代金六〇〇万円、業務遂行の目処を同年八月末日とする旨の土木設計業務請負契約を締結したこと、右土木工事の内容は、主に市街化区域にある農地等約六〇〇〇平方メートルの周囲にコンクリート擁壁を設け、約八六〇〇立方メートルの土砂を搬入して埋立整地をするもので、控訴人の計画によると、一〇トンのダンプカー四台で、一日八往復、三四日間かけて土砂を搬入する作業であったことが認められる。

二  弁論の全趣旨によれば、都市計画法八七条二項、同法施行令四五条、地方自治法二五二条の一九、同法施行令一七四条の三八により、一定の土地に関する開発許可の権限は、京都府知事から指定都市の長である京都市長に委任されていることが認められるところ、<証拠>によれば、被控訴人では、一定の宅地開発事業に関しては、「京都市宅地開発要綱」を制定し、「宅地開発事業者は、事業計画に関し、この要綱に定める事項について、あらかじめ本市と協議しなければならない。」(一七条)と定めて、開発業者に同市との事前協議を義務付けるとともに、右事前協議に対応するため、右開発許可事務の担当部局である同市建設局開発指導課(以下「開発指導課」という。)において、「都市計画法に基づく開発申請手続きのしおり」(以下「開発申請のしおり」という。)を作成し、開発許可申請に先立ち必要な指導を、事前審査の形で行うこととしていたことが認められる。

三  次に、控訴人は、前記一の業務請負契約に基づき、訴外彌栄自動車株式会社の代理人として、昭和六二年四月二三日、右事前審査のため、本件開発行為に関する被控訴人の関係課への意見照会用の申請書類、図面等一式を、被控訴人の開発指導課に提出したこと、その後、控訴人が、右訴外彌栄自動車株式会社を代理して、同年七月一四日、被控訴人の開発指導課に、本件開発行為に対する訴外京淀川漁業協同組合(以下「京淀漁協」という。)の同意書を添付した本件開発行為の許可申請書を提出して受理され、同年七月二一日、京都市長から本件開発行為の許可を受けたこと、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人の担当者が、本件開発行為の許可申請書に、京淀漁協の同意書の添付を義務づける行政指導をしたと主張するが、右控訴人の主張事実に副う原審証人宮崎正義の証言、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果は、たやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

却って、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1  京都市宅地開発要綱では、宅地開発事業者に対し、事業計画について、開発区域周辺の住民等の意見を十分尊重し、予め必要な調整を図ることを義務付けている(七条)が、本件開発行為については、隣地所有者からの同意もすべて得ており、その他の要件に関しても、申請上格別問題となる点はなかった。

2  しかし、本件開発行為に伴う工事排水の処理については、控訴人のたてた計画では、既設水路を利用する計画であり、また、前記コンクリート擁壁設置に伴う盛土工事、あるいは臨時の橋梁架設工事によっても、土砂が既設水路に流入するおそれがあり、ひいては右開発区域に隣接する京都市洛南七号水路を汚染し、さらに右水路が合流する同九号水路、同一〇号水路を経て桂川本流の水質にも影響するおそれがあった。

3  そのため、開発指導課係員加藤は、昭和六二年四月二三日、本件開発許可申請の事前審査のために書類を持参した控訴人の従業員宮崎正義に対し、本件開発許可を受けるには、他に「放流関係の同意がいる。」として、右申請書に右九号水路等に漁業権を有する京淀漁協の同意書の添付を求めた。宮崎は、これに疑問を挟んだが、加藤は、「数年前から同意書が要るようになった。他の開発許可申請にも全部添付されている。」「同意書がないと許可が下りない。」などと述べて、あくまで右同意書を添付するよう求めた。

4  京淀漁協は、京都市内を主な流域とする桂川水系を中心に漁業権を有しているものであるが、かつて、被控訴人との協議で、同水系の水質汚濁に対する行政指導を要請し、その結果、被控訴人でも、昭和五九年九月から、公共事業や民間の開発行為に関しては、環境保全上の施策として、工事に伴う水質汚濁による漁業への影響の有無について、京淀漁協と事前に協議するよう指導することになっていた。また、協議の結果、合意ができれば、その証拠として同意書を提出するよう指導していたが、その本来の趣旨はあくまで協議を尽くすことにあった。

かかる協議や同意書の提出は、法律や京都市宅地開発要綱に規定された事項ではなく、開発申請のしおりにも、触れられていなかったが、本件開発工事の影響が予想される水路中、洛南九号水路等が京淀漁協の漁業水域に含まれていたことから、加藤係員は、宮崎に対し、右施策の一環として、右のような指導をしたものである。

5  宮崎正義は、同年五月二六日、再び開発指導課に出向き、同課員畑中に対し、本件開発許可申請に京淀漁協の同意書が不可欠なものか否かを尋ねたが、曖昧な応答のみで、絶対に必要であるとの説明はなく、結局、明確な回答は得られなかった。しかし、宮崎は、右同意書がないと開発許可は下りないものと判断し、控訴人代表者濱田辰彦にその旨を報告した。

6  右報告を受けた控訴人代表者は、同年六月一九日、開発指導課課長中村浩や同課谷川主査と面談し、京淀漁協の同意書の添付が必要とされる理由を問い糺し、右同意書がなくとも本件開発許可をすべきであると主張し、京淀漁協の実態を述べ、協議に行って同意書を得るには、京淀漁協に金銭を支払わねばならない実情にあると強調した。

これに対し、中村課長は、本件開発区域に隣接する水路を通じて放流された工事排水等が、京淀漁協が漁業権を有する洛南九号水路に流れ、その水質を汚染(汚濁)するおそれがあるので、右汚染(汚濁)による漁業への影響の有無・程度に関しては、被控訴人において判断できないところから、京淀漁協と協議するよう行政指導をするに至った経緯や、本件のような開発許可申請においては、従来、右要請の趣旨に応じて、すべて同意書の提出を受けていることを説明し、控訴人において、開発許可後の工事が円滑に進むために、右工事が漁業に影響があるか否かについて、京淀漁協と十分な事前協議・調整をして、できるなら京淀漁協の同意書を添付して欲しい旨の行政指導をしたに止まり、それ以上に、京淀漁協の同意書の添付がなければ、本件開発行為の許可申請は受理されないとか、本件開発の許可がされないなどと述べて、右同意書の添付を義務付ける行政指導をしたことはないし、京淀漁協への一定額の金銭の支払いを容認し、それを控訴人に義務付けたこともなかった。

7  控訴人代表者は、中村課長の説明に納得した訳ではなく、不満は残ったが、本件開発行為の契約上の履行期限が迫っていたこともあって、同年六月二二日、京淀漁協に対し、訴外彌栄自動車株式会社名義の同意・協議願書を提出し、同年七月一四日、同漁協から、「漁業補償金の支払いがあれば、何時でも同意書を出します。」との連絡を受けて、即日、漁業補償金名下に二九万九九二三円を支払い、京淀漁協から同意書の交付を受け、これを本件開発行為の許可申請書に添付して、被控訴人の開発指導課に提出した。

以上の事実が認められ、原審証人宮崎正義の証言、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できない。

四  ところで、行政指導とは、一定の行政目的を実現するために、行政客体に対し、任意に一定の行為を実行するように働きかける行政機関の行為を総称するものであるから、行政客体が、当該行政指導を拒否し、これに従う意思がないことを表明しているのに、その意思に反して、事実上強制的に、ある行為をするよう求める行政指導は違法であるというべきであるが、当該行政指導が、法律の規定に基づくものでないときでも、行政客体に対し、単に、行政客体の自由意思に基づく任意の行為を期待するに過ぎない場合には、右行政指導は何ら違法ではないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、控訴人が訴外彌栄自動車株式会社の代理人として、本件開発行為の許可申請をするについて、被控訴人の担当者が、控訴人に対し、京淀漁協の同意書の添付がなければ、右許可申請は受理されないとか、開発の許可が得られないと述べて、右申請書に京淀漁協の同意書の添付を義務付けるような行政指導をしたことはなく、ただ、本件のような許可申請には、従来、右同意書が添付されているのが通例であることを説明し、本件開発行為について、控訴人の自由意思に基づき、京淀漁協と事前に協議・調整をして、できればその同意書を添付するように努力して欲しい旨の行政指導をしたに過ぎないから、右行政指導は何ら違法ではない。

また、前記認定の事実からすれば、被控訴人の担当者のした、前記行政指導は、控訴人に対し、事実上強制的に、右申請書に京淀漁協の同意書を添付するよう求めたのではなく、京淀漁協の同意書を添付するか否かは、控訴人の自由意思によって選択し得るものであったところ、控訴人は、訴外彌栄自動車株式会社との前記業務請負契約上の履行期限が迫っていた関係で、任意に右同意書を添付したものというべきであるから、被控訴人の担当者のした行政指導と控訴人主張の金員の支払いとの間に、法律上の相当因果関係はないというべきである。

よって、控訴人の本訴請求は、理由がなく棄却すべきである。

五  してみると、右と結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 小原卓雄)

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